東京工芸大学・工学部・基礎教育研究センター化学系                                                           更新: 2013年10月16日


  ※ 本研究室の研究テーマであるGICについて説明します。

黒鉛層間化合物 = GIC

 黒鉛(Graphite)は炭素六角網面、いわゆるグラフェン(Graphene)、が平行に積層した層状物質です。 グラフェン面はsp2 炭素原子による強い共有結合で形成されていますが、グラフェンとグラフェンの間(黒鉛層間)には弱いファンデルワールス力しか働いていません。 そのため、図1 に示すように、黒鉛の層間にはさまざまな原子や分子等が侵入することができます。  このようにして形成したサンドイッチ構造の化合物が黒鉛層間化合物(Graphite Intercalation Compound)で、通常、GIC(ジー・アイ・シー)と略されます。  また、このような侵入現象をインターカレーション(Intercalation)、侵入物質をインターカレート(Intercalate)注1 と呼びます。


      図1 GICの形成
   
 
注1 インターカラント(Intercalant)とも言われるが、最近はインターカレートという呼び名が主流である。


インターカレートの種類

 表1 に代表的なインターカレートをまとめました。 インターカレートはこの他にも多数知られていて(恐らく100種類以上)、さらに、2種類以上のインターカレートが同時にインターカレーションするような場合もあります。  
 インターカレートはドナー型とアクセプター型の2種類に大別することができます
注2。 黒鉛層間に侵入したインターカレートはグラフェン面との間で電荷移動(電子の授受)を起こすのですが、周期表の第14族に属する炭素(C) はグラフェン面から電子を受け取ることも、反対に、グラフェン面に電子を与えることも可能です。 グラフェン面に電子を与えるインターカレートをドナー型といい、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類金属などの金属になります。 反対に、グラフェン面から電子を受容するアクセプター型のインターカレートには、ハロゲン、酸、金属ハロゲン化物等があり、ドナー型に比べて種類が多いです。

表1 代表的なインターカレート
 ドナー型 Li, Na, K, Cs,
Ca, Sr, Ba,
Sm, Eu, Yb, Tm, ...
アクセプター型 Br2, ICl, IBr,
MgCl2, AlCl3, FeCl3, CuCl2, SbCl5, MoCl5, AsF5, SbF5, NbF5,
HNO3, H2SO4, H3PO4, HF, ...


注2 ドナー型とアクセプター型のGICを総称してイオン結合型GICと呼び、共有結合型GICと区別する場合がある。 共有結合型GICとは、フッ素(F2)や酸素(O2)と黒鉛の化合物であり、絶縁体であるなど、イオン結合型のGICとは特性が大きく異なるため、狭義ではGICに分類されないことが多い。

GICの構造

 GICの重要な特徴にステージ構造があります。 インターカレートは黒鉛層間にランダムに侵入するのではなく、図2のように、グラフェン面n枚おきに規則正しく侵入して “第nステージ構造” のGICを形成します。 インターカレートが全ての層間に侵入した構造が飽和構造であり、第1ステージ構造になります。 図1 に示したGICのイラストはステージ2構造になります。
 黒鉛層間に同時に存在できるインターカレートは1種類とは限らず、2種類以上が共存する場合もあります。 インターカレートが1種類のGICを2元系GIC、2種類の場合を3元系GICと呼んだりします。 3元系等の多元系GICの構造は、異種のインターカレート同士が同一層間に侵入する場合(co-intercalation)と、別々の層間に侵入する場合(bi-intercalation)の2タイプに分かれます。
 インターカレートは黒鉛層間を積層方向に押し広げるかたちで侵入するため、GICにおける黒鉛層間距離(グラフェン面間の距離)は、ホスト黒鉛の 0.3354 nm よりも大きくなります。 
 また、アルカリ金属GICの場合は、ステージ構造と組成の関係が明らかにされています。 K-GICの場合、ステージ1構造(St.1)の組成はKC8、ステージ2構造(St.2)はKC24、ステージ3構造(St.3)はKC36です。 つまり、ステージ2構造以降の高ステージ構造では、KC12n という関係があります。 RbやCsのGICもK-GICと同じMC8+MC12n (M=K, Rb, Cs)のパターンをとります。 一方、これらの原子よりも小さいLi の場合は、ステージ1構造はLiC6、ステージ2構造はLiC18となります。 アルカリ土類金属であるCaもステージ1構造はCaC6ですが、ステージ2構造以上はまだ合成報告がないようです。



      図2 GICのステージ構造; ( )内はK-GICの場合の組成

GICの特性

 GICの最も重要な特性は高導電性です。 GICでは黒鉛層間に侵入したインターカレートと、それと隣接するグラフェン面との間で電荷移動が生じるため、グラフェン面上の伝導キャリア(電子または正孔)密度が増大します。 その結果、GICの面内方向の電気伝導率はホストである黒鉛に比べて1桁程度増大します。 ちなみに、ドナー型GICの場合は電子密度が増加するためn型伝導(キャリアが電子)となり、アクセプター型GICの場合は正孔密度が増加するためp型伝導(キャリアが正孔)となります。
 主なGICの室温における面内方向の電気伝導率は表2の通りです
。 GICの電気伝導率はホスト黒鉛であるHOPG(高配向性熱分解黒鉛)注3 に比べて、4倍から20倍に増大しています。  特に、AsF5-GICやSbF5-GIC の電気伝導率は金属銅(Cu) や銀(Ag) に匹敵するほど高く注4、GICが高電気伝導性材料のニューフェイスして、大きな注目を集めるきっかけとなりました。

表2 GICの電気伝導率 (室温,面方向,ホストはHOPG)注5; 比較用に金属の値も掲載
GIC ステージ 電気伝導率  σ/ Scm-1 σGIC HOST
AsF5-GIC 2 6.2×105 25
Ag 6.1×105
Cu 5.9×105
SbF5-GIC 1 5.0×105 20
AsF5-GIC 1 4.7×105 19
Al 3.7×105
Li-GIC 1 2.4×105 9.6
H2SO4-GIC 1 2.3×105 9.2
Br2-GIC 2 2.2×105 8.8
AlCl3-GIC 1 1.6×105 6.4
FeCl3-GIC 1 1.1×105 4.4
K-GIC 1 1.1×105 4.4
Cs-GIC 1 1.0×105 4.0
Fe 1.0×105
HOPG (HOST) 2.5×104 1


 さらに、ドナー型GICの中には超伝導性を示すものもあります。 GICの超伝導性に関する最初の報告は、1965年、K-GIC等の重アルカリ金属のGICに関するものです。 ただし、それらの超伝導状態への転移温度(Tc)は 1 K 以下と極めて低いものでした。 その後、三元系のK-Hg-GICや高圧下で高濃度にインターカレートを挿入したNa-GIC(組成:NaC2)などで多少のTc の上昇が見られましたが、それでもTc は数K 以下と極めて低いままでした。 ところが、2005年にCa-GIC(組成:CaC6)の超伝導性が発見され、GICのTc 記録が一気に 11.5 K まで上昇しました。 さらに、これまで曖昧なままであったGICの超伝導発現メカニズムも明らかにされ、GICの超電導研究が次のステージへと進みました。  

 インターカレートとグラフェン間の電荷移動によって、ゼーベック係数注6も大きく変化します。 黒鉛ではグラフェン面上に電子と正孔がほぼ同数存在するためゼーベック係数はほとんどゼロですが、GICでは両者のバランスが崩れるため、およそ±30 μVK-1程度にまで増加します。 ゼーベック係数の符号は、電子伝導(n型;ドナー型GIC)の場合が負、正孔伝導(p型;アクセプター型GIC)の場合が正となります。 
 電荷移動に関連して生じるGICの特性には、もう1つ、「色」があります。 黒鉛は黒色ですが、GICの中には鮮やかな色を示すものがあります。 たとえば、アルカリ金属のGICの場合、ステージ1構造は金色、ステージ2構造は青色で、金属光沢もあります(写真1)。  

          
         写真1 PGSをホストとしたK-GIC
(上:ステージ2構造,下:ステージ1構造)

 もう一つ、GICにとって重要な特徴があります。 それは、GICの多くが、大気下で不安定であるということです。 GICを大気下に放置すると、黒鉛層間からのインターカレートの脱離(de-intercalation)や酸化等により、容易に分解してしまいます。 GICは金属よりも軽く、かつ、金属並みの導電性をもつ魅力的な材料でありながら、大気下での安定性に欠けるために実用材料としての応用は困難とされてきました。 ただし、不安定性のレベルはホストとする黒鉛の種類や形状、インターカレートの種類等により大きく異なります。  たとえば、粒子径の小さな粉末黒鉛をホストとしたステージ1構造のK-GICは、大気接触により発炎する場合もあります。 一方、HOPGやシート状黒鉛等をホストとした場合、分解は穏やかに進行します。  大気下で安定なGICとしては、CuCl2-GICや臭素残存化合物(Br2-GICから余分なBr2が十分脱離した後に形成される化合物)等が知られていて、広く研究されてきました。


注3 単結晶に近い物性を示す上質の人工の黒鉛結晶である。GICの物性測定を目的とする場合、HOPGをホスト材料として用いることが多い。
注4 実験の再現性に関しては、いろいろな見解があるらしい。
注5 GICの電気伝導率のデータは次の文献から引用した。 M. S. Dresselhaus and G. Dresselhaus, Advances in Physics, 2002, 51, 1-186.
注6 熱電能、絶対熱起電力ともいう。2種類の異なる導体を接合し、2箇所の接合点を異なる温度下におくと、電流が流れる(ゼーベック効果)。このとき生じる電位差が熱起電力で、物質が熱起電力を生じさせる能力をゼーベック係数として定義する。ゼーベック係数は、VK-1の単位となる。

GICの合成

 GICの合成方法は多数あり、ホスト黒鉛およびインターカレートの形状や状態により適切な方法を選ぶことができます。 一般的な方法としては、(1)インターカレート蒸気を黒鉛に接触させる気相法、(2)黒鉛とインターカレートを直接混合接触させる混合法、(3)電気化学的に挿入する電気化学法、が挙げられます。  
 気相法はインターカレートと黒鉛を真空下で加熱し、生じたインターカレート蒸気を黒鉛に接触さる方法で、最も汎用的な方法です。 特に、図3のように、インターカレートと黒鉛を少し離れた場所(部屋)に置き、それぞれの部屋の温度を制御する2-バルブ法がよく用いられます。  
 インターカレートが液体の場合は混合法も使用されます。たとえば、臭素(Br2)や溶融したアルカリ金属に黒鉛を浸漬すると、容易にGICが形成されます。 アルカリ金属を溶かした有機溶媒に黒鉛を浸漬してアルカリ金属のGICを合成する溶媒法も広く用いられていますが、条件によっては、アルカリ金属と有機溶媒の三元系GICを形成する場合もあります。 一般に混合法は気相法よりも反応時間が短かいので、大量合成に適しています。 
 Li-GICやBa-GICの場合は、固相法も利用可能です。 LiやBaを黒鉛粉末と混合・圧縮した後に加熱すると、GICが得られます。 また、電気化学法でもH2SO4-GICやLi-GICのなど多くのGICを合成することができます。
 


               図3 2-バルブ法

GICの応用

 金属より軽く、かつ、金属並みの高導電性を示すGICですが、これまで導電材料として実用化された例はありません。 また、導電性材料の他にも、電池の電極材料、有機化学反応の触媒、水素等のガス貯蔵材料等への応用が検討されてきましたが、実用化には至っていません。 一方、黒鉛へのインターカレーション現象が応用されている例は複数あります。 
 最も有名なものは、リチウムイオン二次電池です。 リチウムイオン二次電池の負極材料は黒鉛で、溶媒中に存在するLiイオンの黒鉛層間への挿脱着(Intercalation とde-intercalation)により充放電を行います。 また、ガスケット材等として工業的に用いられている膨張黒鉛シートの製造にはH2SO4-GIC等が利用されています。H2SO4-GICを約1000℃で急速加熱すると、層間に存在するH2SO4の気化に伴い黒鉛層間が大きく広がり、体積が100倍程度に膨らんだ膨張黒鉛を生成します。 これを加熱・圧縮することでシート状に加工し、GRAFOIL(GrafTech社)などの黒鉛シートとして販売されています。 さらに最近では、インターカレーションによる黒鉛の膨張を利用したグラフェン(Graphene)の調製法の開発も進められています。

GICに関する文献

 GICに関する書籍や総説の代表的なものを表3にまとめました。

表3 GICに関する参考文献
タイトル 著者等 内容等  リンク
グラファイト層間化合物 渡辺信淳 編著, 近代編集社, 1986年. 絶版と思われる。図書館や古本屋で探して下さい。 インターカレート種別の章立てになっている。
アドバンスト・カーボンシリーズ2 
黒鉛層間化合物
炭素材料学会編, リアライズ社, 1990年. 絶版になっていたが、オンデマンド版が入手可能になった。 Web
Gaphite Intercalation Compounds and Applications T. Enoki, M. Suzuki, and M. Endo, Oxford University Press, 2003. 日本を代表する先生方によるGICの教科書。400ページを超える。やや物理学寄りの印象。 Web
ニューカーボン材料
構造の構築と機能の発現
稲垣道夫・菱山幸宥 共著, 技法堂出版, 1994年. 第5章が「グラファイト層間化合物」。総量25ページ。 Web
CMCテクニカルライブラリー
炭素応用技術
シーエムシー, 2001年 第3章「グラファイト化合物」中の1節と3節がGICの話。1節の著者は高橋洋一先生、2節の著者は内田慎一先生。 Web
新・炭素材料入門 炭素材料学会 編, リアライズ社, 1996年. 2.12節が「黒鉛層間化合物」。著者は阿久沢昇先生。総量6ページ。 Web
Intercalation compounds of graphite M. S. Dresselhaus and G. Dresselhaus, Advances in Physics, 2002, 51, 1-186. 1980年に発表された大総説で、GICのバイブル的存在。2002年に再掲載されている。 Web